海上労働条約(MLC)2025年改正7件と発効前の準備事項
2026-07-05

国際労働総会は2025年6月6日、海上労働条約(MLC)のコード改正7件を承認しました。ILOは 2027年12月23日の発効を見込んでいます。
2年以上先の話ですが、今から準備できる改正もあれば、旗国の立法を待つべき改正もあります。 この記事は7件をその基準で分けます。
条文番号がAで始まれば義務、Bで始まれば参考です
変わるのは条約本文ではなく付属のコードです。コードは二つの部分に分かれ、その違いは条約第6条が 定めています。
- The Regulations and the provisions of Part A of the Code are mandatory. The provisions of Part B of the Code are not mandatory.
Part Aは基準(Standard)です。条文番号がAで始まり、守る義務があります。Part Bは指針
(Guideline)です。Bで始まり、参考です。旗国は国内法を作るときに指針へ妥当な考慮を払えば
足ります。
だから改正7件は、見出しより先に条文番号を見ます。
| 改正 | 変わる条文 | 性格 |
|---|---|---|
| 1. 差別のない送還 | A2.5.1に第10項を新設 | 強制 |
| 2. 上陸許可 | A2.4をA2.4.1に改称、A2.4.2を新設、B2.4.5を新設 | 強制・指針 |
| 3. 船員は重要労働者 | B2.5.2を新設 | 指針 |
| 4. 公正な取扱いと海難 | A5.1.6に第1・2項を新設、B4.4.6第2項を改正 | 強制・指針 |
| 5. 送還費用 | A2.5.1に第3項を新設、B2.5.1第3項を差し替え | 強制・指針 |
| 6. 医療訓練の教材 | B4.1.1第2・4項を改正 | 指針 |
| 7. 暴力とハラスメント | A4.3・A5.1.5を改正、B1.4.1・B3.1.10・B4.3.1・B4.3.6・B4.3.11を改正 | 強制・指針 |
義務の文が入る改正は1・2・4・5・7です。3(重要労働者)と6(医療教材)は指針にだけ入ります。
会社のすることを直接書いた文は三つです
改正文の多くは国(Each Member)に命じる文です。国が法を変えれば、その法が船に届きます。
ただし、船舶所有者を直接指した文が三つあります。
一つ目は上陸許可です。新設のA2.4.2第6項です。
- Shipowners shall allow shore leave to seafarers when off duty, upon the ship’s arrival in port, except when leaving the ship is prohibited or restricted by relevant authorities of the port State, or due to safety or operational reasons.
船が港に着いたら、非番の船員は上陸させなければなりません。引き止められる根拠は、寄港国当局の 制限と、安全・運航上の理由だけです。同じ基準の前の四つの項は寄港国側の義務です。上陸のために 査証や特別許可を求めてはならず(第3項)、拒否したら理由を船員と船長に伝え、求めがあれば書面で 示します(第4項)。国際海上交通簡易化条約(FAL)に基づいて認めた上陸は、第1項から第4項までの 要件を満たしたものとみなします(第7項)。
二つ目は送還費用です。新設のA2.5.1第3項が、船舶所有者が負担する費用の最低限の一覧を定めます。 下で別に見ます。
三つ目は暴力とハラスメントの方針です。新設のA4.3第2項(f)です。
(f) require shipowners to adopt and implement relevant policies and measures to prevent and address shipboard violence and harassment, including sexual harassment, bullying and sexual assault;
文の相手は旗国です。しかし命じている内容は「船舶所有者に方針を作らせ、実施させよ」です。 結局、方針を書くのは会社です。
送還費用は「払うのが望ましい」から「払わなければならない」に変わります
費用の一覧は今もあります。ただし指針(B2.5.1第3項)にshouldで書かれています。改正はそのうち
四つの項目を基準A2.5.1へ移し、shallに変えます。勧告が義務になるのです。
- The costs to be borne by the shipowner for repatriation under subparagraph 2(c) shall include at least the following: (a) passage to the destination selected for repatriation; (b) accommodation and food from the moment the seafarers leave the ship until they reach the repatriation destination; (c) transportation of up to 30 kg of the seafarer’s personal luggage to the repatriation destination; and (d) medical treatment when necessary until the seafarers are medically fit to travel to the repatriation destination.
| 項目 | 現行 | 改正後 |
|---|---|---|
| 目的地までの旅程 | 指針B2.5.1第3項 | 基準A2.5.1新設第3項 |
| 下船から到着までの宿泊と食事 | 指針B2.5.1第3項 | 基準A2.5.1新設第3項 |
| 個人手荷物の輸送 | 指針B2.5.1第3項 | 基準A2.5.1新設第3項 |
| 旅行できるようになるまでの治療 | 指針B2.5.1第3項 | 基準A2.5.1新設第3項 |
| 給与・手当 | 指針B2.5.1第3項 | 指針B2.5.1第3項のまま |
指針に残るのは給与と手当の一つだけです。それも、国内法令または団体交渉の合意に定めがある場合
という条件付きです。手荷物は文言も変わります。今はtransportation of 30 kg、改正後は
up to 30 kgです。
これまでは、何を払うかは旗国が決める事柄でした。改正後は条約自体に底ができます。どの旗国で あっても、この四つを下回ることはできません。
暴力とハラスメントは指針の二行から義務の五項になります
今の基準A4.3にハラスメントという言葉はありません。指針にだけあります。B4.3.1第4項(d)と
B4.3.6第2項(g)にharassment and bullyingが一行ずつです。
改正後は基準A4.3に五つの項が入ります。船内の暴力とハラスメントを法律で禁止することまで含めて 国内法が扱う主題に入れ(第1項(e))、その国内法が盛り込むべき内容を定めます(第2項(e)から(h) まで)。定義は暴力とハラスメント条約(第190号)第1条に従います。船舶所有者は方針を作って 実施し、船員はそれを守ります。そして報告の仕組みが要ります。
(h) establish, after consultation with shipowners’ and seafarers’ organizations, safe, fair and effective reporting mechanisms and procedures for cases of shipboard violence and harassment, including sexual harassment, bullying and sexual assault.
指針の側も一緒に変わります。採用過程の防止措置がB1.4.1に入り、既存の指針の
harassment and bullyingは、性的ハラスメント・いじめ・性的暴行を含む表現に置き換えられます。
生理用品とその処理手段を船に備えるという項もB3.1.10に新設されます。
船内苦情処理手続では文が三つ変わります
すべての船員は、船の苦情処理手続の写しをすでに受け取っています(A5.1.5第4項)。その手続の 文が三つ変わります。文が変われば、配った写しも作り直しです。
一つ目、苦情を出せる相手が増えます。今の条文には船長と外部の機関があります。改正文はその間に
to appropriate shoreside personnel orを入れます。船員が陸上の担当者に直接出せるように
なります。
二つ目、迫害から守られる人が増えます。今の文にあるのは苦情を出した船員だけです。改正文は
その部分をcomplainants, victims, witnesses and whistle-blowersに置き換えます。目撃者と
通報者が新しく入ります。
三つ目、秘密保持の義務が新設されます。
- Appropriate steps shall be taken, at all stages, to safeguard the confidentiality of complaints made by seafarers.
検査項目が増えるのではなく、すでに受けている検査の中身が変わります
海上労働証書を受けるには旗国の検査に通る必要があります。検査項目は付録A5-Iに列挙されて
いて、その中にHealth and safety and accident preventionと
On-board complaint proceduresがすでにあります。改正7が変えるA4.3とA5.1.5が、まさにその
二つの項目です。
証書には海上労働遵守措置認定書(DMLC)が付きます。Part Iは旗国が書きます。国内要件が何かを 書く部分です。Part IIは船舶所有者が書きます。その要件を検査と検査の間にどう守り続けるかを 書く部分です(A5.1.3第10項)。国内法が変われば旗国がPart Iを直し、Part Iが変われば会社が Part IIを直します。
条文を番号で書いた文書は、番号を確かめ直す必要があります
改正は文だけでなく番号も動かします。
- A2.4がA2.4.1(年次休暇)になり、隣にA2.4.2(上陸許可)ができます。
Standard A2.4とだけ書いた文書は、どちらを指すのか分からなくなります。 - 今のB2.5.2(加盟国による実施)は後ろへずれ、その番号に重要労働者の指針が入ります。
- A2.5.1には第3項と第10項が差し込まれ、後ろの項が押し出されます。最終的な番号はILOの統合版で確認する必要があります。
手順書、船員の雇用契約、DMLCのPart IIが条文番号を書いているなら、その番号は別の場所を指す ことになります。
発効日は船ごとに違いうる
コードの改正は、特別三者委員会が採択し総会が承認します(第15条第4項・第5項)。その後は国ごとの 批准を待ちません。反対が少なければそのまま発効します。
- An amendment approved by the Conference shall be deemed to have been accepted unless, by the end of the prescribed period, formal expressions of disagreement have been received by the Director-General from more than 40 per cent of the Members which have ratified the Convention and which represent not less than 40 per cent of the gross tonnage of the ships of the Members which have ratified the Convention.
改正を止めるには、定められた期間内に批准国の40%を超える国が反対し、その国々の船腹量が全体の 40%以上でなければなりません。この基準に届かなければ受諾されたものとみなされ、期間満了の 六か月後に発効します。発効日に「見込み」が付く理由です。
ただし、国ごとに実施を遅らせることはできます。発効日前に通告すれば、最長1年までその改正を 実施しないでいられます(第15条第8項・第10項)。だから同じ改正でも、旗国が違えば適用の時期が 違いうるのです。
今合わせられるものと、旗国を待つべきものに分かれます
改正の文は二種類です。条約が内容を文として全部書いたものと、内容を国内法に委ねたものです。
文が全部あるほうは、今合わせられます。送還費用の一覧(A2.5.1新設第3項)は、契約とマニュアルの 費用一覧を条文に合わせれば済みます。苦情処理手続の三つの文(A5.1.5)も同じです。陸上担当者への 経路、広がった保護の対象、秘密保持は、条文が文をそのまま与えています。
暴力とハラスメントは待つべきです。定義(A4.3第2項(e))と報告の仕組み(第2項(h))を国内法が 定めるからです。旗国が定義を出す前に方針から書くと、その定義と食い違うおそれがあります。 旗国の立法とDMLC Part Iの改訂を見てから、Part IIを合わせる順序が安全です。
確認すべきこと
- 旗国がこの改正に異議または猶予を通告したか
- 苦情処理手続に陸上担当者への経路と、目撃者・通報者の保護があるか
- 暴力とハラスメントの方針と報告経路が文書としてあるか
- 送還費用の一覧が契約とマニュアルに書かれているか
- 条文番号を書いた船内文書がどこにあるか
- DMLCのPart IIを直す時期を、旗国によるPart Iの改訂に合わせてあるか
引用は2025年6月6日に承認された改正文(ILC.113/Instruments)と、MLC, 2006の統合版(2022年改正
を含む)から取りました。発効予定日はILOが発行したCompendium of Maritime Labour Instruments
第5版に記された値です。旗国がより厳しい基準を定めている場合は、その基準が優先します。
安全管理マニュアルや手順書を文書番号で登録し、改正版のファイルを上げると、改正履歴が文書ごとに積み上がります。改正内容の要約と施行日はそのまま船員の確認画面に出て、誰がいつ確認したかが記録として残ります。
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