船員の負傷・疾病に対する船舶所有者の責任と16週の下限(MLC規則4.2)
2026-07-07

入港前夜、二等航海士が階段で転んで腕を折ったとします。治療費は誰が払うのか、賃金はいつまで 出るのか、会社が負担を免れるのはどんな場合か。MLC, 2006の規則4.2と基準A4.2.1が、この問いに 時系列で答えます。この記事はその時間をたどります。
責任は任務を始めた日から送還が終わる日まで掛かります
(a) shipowners shall be liable to bear the costs for seafarers working on their ships in respect of sickness and injury of the seafarers occurring between the date of commencing duty and the date upon which they are deemed duly repatriated, or arising from their employment between those dates;
まず期間です。任務開始日から、正当に送還されたとみなされる日まで。この間に生じた疾病と 負傷が対象です。そして、その期間の雇用に起因するものも対象です。
ここが一般的な労災の考え方と分かれる点です。条文は「仕事が原因か」を最初に問いません。 期間内に生じたならまず船舶所有者の負担であり、例外は後で、国内法が定めた場合にだけ開き ます。船内で風邪が肺炎になった場合、業務起因性を問うまでもなくこの条文の中にあります。
船にいる間は治療費も賃金も全額です
治療費の範囲は基準A4.2.1第1項(c)が定めます。治療と必要な医薬品・治療器具、そして自宅外で 治療を受ける間の食事と宿泊までです。終わる時点は、回復したとき、または状態が恒久的と判定 されたときです。
賃金は第3項(a)です。病気や負傷の船員が船に残っている間、そして条約に従って送還されるまで、 賃金は全額支払われます。賞与を除いて計算できるというのが指針です(B4.2.1第1項)。
下船した後も16週より下には削れません
送還または上陸の後は、賃金が全額から「全部または一部」に変わります(第3項(b))。いくら払う かは旗国の法令や団体交渉の合意が定めます。ただし期間には底があります。
- National laws or regulations may limit the liability of the shipowner to defray the expense of medical care and board and lodging to a period which shall not be less than 16 weeks from the day of the injury or the commencement of the sickness.
治療費・食事宿泊の負担(第2項)も、下船後の賃金負担(第4項)も国内法が期間を区切れますが、 どちらも負傷日または発病日から16週より下には区切れません。起算点が下船日ではなく負傷日 だという点が重要です。船内で一か月治療したなら、下船の時点ですでに4週が経っています。
時計が早く止まる道は一つあります。船員がその国の法制の下で現金給付(傷病手当のような社会 保障)を受ける資格を得たとき、賃金負担はそこで終われます(第3項(b))。公の機関が治療費を 負担する範囲で船舶所有者を免除することも、国内法で可能です(第6項)。
会社が免れられるのは国内法が定めた三つの場合だけです
- National laws or regulations may exclude the shipowner from liability in respect of: (a) injury incurred otherwise than in the service of the ship; (b) injury or sickness due to the wilful misconduct of the sick, injured or deceased seafarer; and (c) sickness or infirmity intentionally concealed when the engagement is entered into.
三つとも自動ではありません。国内法がそう定めた場合にだけ免責が開きます。
もう一つ読み方があります。(a)は負傷だけを言っています。船の業務の外で生じたことを理由に 外せるのは負傷で、疾病は(a)にありません。疾病を外せる道は、悪意の不法行為(b)と、雇入れの ときに故意に隠した病気(c)の二つだけです。乗船期間中の疾病が業務と無関係に見えても、この 二つに当たらなければ負担は残ります。
死亡すると埋葬費の負担と遺族の直接請求が残ります
雇用期間中に船内または陸上で死亡した場合、埋葬のための費用は船舶所有者の負担です(第1項 (d))。病気や死亡した船員が船に残した所持品は、保護して本人または近親者に返さなければ なりません(第7項)。
死亡と長期の障害の補償は、契約上の請求(contractual claim)につながります(基準A4.2.2)。 そこに最低要件が付いています(第8項)。契約に定めた補償金は全額を遅滞なく支払い、契約額より 少ない額で受け入れさせる圧力があってはならず、障害の性質上算定が難しければ中間払いで困窮を 防がなければなりません。請求は船員本人だけでなく、近親者、代理人、指定受益者が直接行えます。
金銭上の保証の証書は船内の見やすい場所に掲示されていなければなりません
この負担を約束だけにしないよう、船舶所有者は死亡・長期障害の補償のための金銭上の保証を 備えなければなりません(第1項(b))。
- Each Member shall require that ships that fly its flag carry on board a certificate or other documentary evidence of financial security issued by the financial security provider. A copy shall be posted in a conspicuous place on board where it is available to the seafarers. Where more than one financial security provider provides cover, the document provided by each provider shall be carried on board.
証書は船に備え置き、写しは船員が見られる場所に掲示します。提供者が複数なら、それぞれの 証書をすべて備え置きます。証書は英語であるか英語の翻訳が付いていなければならず、付録A4-Iが 定める情報を含む必要があります(第14項)。保証が途中で切れることも統制されています。提供者が 旗国に最低30日前に通知しなければ有効期間中に保証を終えることはできず(第12項)、解約や終了が あれば船員も事前に通知を受けなければなりません(第9項)。
確認しておくこと
引用はMLC, 2006の統合版(2022年改正を含む)印刷63~65ページから取りました。基準A4.2.1と A4.2.2は強制規定ですが、下船後の賃金の割合と期間、三つの免責を採用するかどうかは、すべて 旗国の法令と団体交渉の合意が定めます。その船の旗国法令で16週が何週に延びているか、三つの 免責のどれが実際に立法されているか、そして船内の金銭上の保証の証書が有効期間内かどうかが、 実際の判断の出発点です。
船員が船上で事故を報告すると、船長が検討して署名し、報告の時刻と内容がそのまま記録に残ります。負担期間の起算点は負傷日と発病日です。その日が記録にあってこそ、後から週数を数えられます。
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